花のように、ただ自分自身であること。それだけで誰かをしあわせにする力が、私たちにはある。
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2011/03/31(木)20:08
夫が、3日間だけとはいえ南相馬の被災地に入って現場を見てきました。

私自身は、
「いま行くのは野次馬なんじゃないの?」
「いま行って何ができるの、邪魔になるだけでは?」
という気持ちが強かったので、
彼がいま現地に入るということに釈然としないままでした。

ただ、私がそう思っていること、
それでも彼が思っていること、

そういったことをすべて話しあってから向かったので、
彼が行ったことに関してのわだかまりはもうありませんでした。

ただ、モヤモヤ感は消えず…。
それを彼に正直に言ったら、
「そこをつきつめて考えてみたら?」と言われた。

「自分を慰めるための自粛は意味がない」
「私たちにいまできることは、自分たちの居場所でがんばること」
「経済活動をまわすこと」
と思ったし、そう発信もしたのだけれど、

なんだかそれすら、
何もできない・動けない自分を満足させるための言動だったのではないだろうか、
と思えてきた。

彼は、
「自分の仕事を精一杯やることや、経済活動に参加することを本当に
決断してここに残るならいいけど、俺は流されてそう思った気がする。
傍観者でいることを、正当化したかっただけというか…」

「結局、自己肯定したかっただけだと思ったから、俺は現地に行くほうを選んだ」

と言った。

…私もだ。

私もえらそうなことを言って、
本当の本当はやっぱり現地の人手がいるかもしれないのに、

「いま、私たちは自分たちの仕事をがんばること」
「元気な人は元気でい続けること」
「経済活動に参加すること」

そういった「さも立派に見える」新しい盾にして、何もできない自分を肯定しようとした。

何もできない、じゃない。
何もしようとしない自分だ。

…正直に言おう。

お金や物資はすぐにでも送りたい。
だって、何かしてあげたいんだもの。

でもやっぱり自分が怖い思いをしたり、
寒い・つらい思いをしたり、
例えば汚いトイレを使いたくないとか、
現地のひとたちに「何しに来たんだ」って目でみられたらイヤだとか、
自分のなかにある野次馬根性に気づいてしまったり、

そういったどろどろした部分に気づきたくなくて、
「いま私たちにできることは…」云々に飛びついたんだ。

それは彼が言ったように、
傍観者でいることを選んだんだ。


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