花のように、ただ自分自身であること。それだけで誰かをしあわせにする力が、私たちにはある。
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2012/08/16(木)21:09
ときどき、匿名でちょっと辛口なコメントをいただきます。
はじめていただいたときは、ざっくり傷つきました。

でも、傷ついたのは自分のなかに図星の部分があったからだと思いました。

だって例えば、いま同じことを言われても、痛くもかゆくもありません。
私のなかに、もうそのときの図星の部分がなくなったからです。

今回も、久々に辛口コメントをいただいて、
はじめてのときほどではないにしろ、ちょっと傷つきました。

やっぱり、自分で気にしている部分があったからだと思います。

でも、そこまで傷が深くなかったのは、
こういうことがあると必ずそれ以上にありがたいできごとがあるからだと、
いままでの経験から知っているからです。

これまでも、いろんな方があたたかい言葉で励ましてくださいました。

今回もわざわざコメントやアドバイスをくださったMayさん、
一生懸命言葉を尽くしてメッセージをくれた大学時代からの大切な友人であるゆうこに、
とても励まされました。本当にありがとうございました。

言葉で傷つき、言葉で励まされる。

言葉で励ますことができる人になりたいと思います。
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2012/08/14(火)09:26
前回の記事に以下のコメントをいただきました。
私も自分の考えを改めて振り返るきっかけとなりましたので、
コメントの全文とそれに対する私のいまの見解をお伝えしたいと思います。

あなたが、結局のところ何をしたいのかが分からないし、ほんの少しだけNYに行かれていたくらいで「留学」と表現し、無知を晒していることに同情すら感じます。世の中に認められたいと思っているのなら、違う方法を模索するべきです。

パンナコッタさま

コメントありがとうございます。

ほんの少しだけNYに行かれていたくらいで「留学」と表現し、無知を晒していることに同情すら感じます。
そうですね、本当にご指摘のとおり、
自分でもたった4ヶ月で「留学」という言葉をつかうことに、
抵抗を感じていました(いまでも多少感じています)。

自分で行く前は、3ヶ月くらいの短期の語学留学に行く方々を見ていて、
正直「それは留学じゃないよね」と思っていたくらいです。

本当に長年留学されていて、学位をとられる等している方々からすれば、
きっと同じように言ってほしくないと思ってらっしゃるでしょうね。

確かに、ぜんぜん意味合いが違います。

けれど、自分で行ってみて私は考えを改めました。
たとえ1週間でも2週間でも、本人が「留学だ」と思えば、留学なんです。
私は確かにたった1シーズンしか滞在していないですし、見えてないことのほうが全然多いです。
それをまるですべて知ったように発信してしまわないように、
気をつけなければいけないなとパンナコッタさんのコメントをいただき、改めてハッとしました。

けれどそれでも「遊学」や「旅行」、「滞在」という言葉ではないなと思い、
「留学」と言っています。

30年間日本にしか暮らしたことがなかった自分にとっては、
それほど大きなできごとだったからです。

無知を晒す…ということについては、本当に、そうだろうなと自分でも思います。
私よりも高い視野で物事がみえてらっしゃる方々からすれば、
きっと私などは無知すぎて痛々しいのではないでしょうか?

それでもいまの段階ではその無知なのが私なので、
それで恥をかいても仕方がないと思っています。

そういう無知だったりイタい自分が、
それでもどうにか模索しながら生きている姿を晒すことが、
誰かの何かのきっかけになれたらこれほどうれしいことはありません。

「自分も何かしよう」というような気持ちになっていただければ何よりですが、
「こいつ、なんもわかってないのに」「なんでこんなやつが…」といった影響であっても、
それでどなたかが何かを考えるきっかけになれればちっぽけな私としては十分です。

あなたが、結局のところ何をしたいのかが分からないし

ご指摘のとおりです!
私も正直、自分が結局のところ何をしたいのかはよくわかっていません!!

でもひとつだけ、私は少しずつでも「書く」ことを通して
自分の経験や考え方を発信していけたらいいなと思っています。

この度、地元のフリーペーパーのウェブサイトでブログを書かせていただくことになりました。
http://www.e-avanti.com

同じように大人になってからの語学留学に興味がある方が、
一歩踏み出すきっかけになれればと思います。

こちらも徐々に充実させていきたいと思っていますので、
パンナコッタさんもぜひご覧になってくださいね。
そしてまたご指摘いただければと思います。

あらたな気づきをいただきました。ありがとうございました。
2012/07/17(火)09:17
6月末から、思うところあってまたNYに行ってきました。
この約10日間の滞在を経て、ようやく私のNY留学が完結したように思っています。

今回気づいたこと、それは、私は本当に本当に本当に、心の底から、
誰かとつながりたかったのだ、というものでした。

けれど今までの私は逆にそれを欲するあまり、目をそらしていた(無自覚だった)こと、
そして気づけば自分はもうすでに、たくさんの人とつながっていたのだということにも、
この旅やその前後を通して気づくことになりました。

「じつはまたNYに行こうと思ってる」。
そう伝えたところ、現地の友人たちが“Welcome back Mika party”をしようと言ってくれました。
嬉しかった。だって、みんなとわいわいできるのは、大好きだから。

けれど、あっという間につくられたFBのイベントページ、
そのなかでどんどん参加者が増えていくのを見る度、
また、それに合わせて友人によって何度も会場が変更されていくのを見る度に、
私には何とも言えない感情がこみ上げてきたのです。

何がこんなにも自分の感情を反応させているんだろう。
この気持ちは、何なのだろう。

そんなことを考えていたとき、また、別のNY在住の友人からこんなメールをもらいました。
「そんなパーティーをしてもらえるなんて、すごいね。
美香さんはどこに行っても愛されてるな~。うらやましいです」と。

このとき私はぽかんとしました。本当に。そして思ったのです。
「私って、もしかして愛されてる?」と。

そしてこのとき同時に気づきます。
ずっともやもや胸のなかに溜まっていた気持ちの正体に。
自分が何を思っていたのかに。

「あぁ、私は明日集まってくれるというこの人たちに、
『何かをしてあげた』という気持ちがまったくないんだ。
何もしてあげたことはない、役に立った覚えもない。
なのにみんなが自分に会いに来てくれるっていう事実が大きすぎて、
受け止めきれなかったんだ。こんな自分がそれを受け取っていいのか分からなくて、
でも嬉しくて、だからこんなに胸がざわざわしてたんだ」。

実際、NYにいた4ヶ月間で私が彼ら彼女らしたことといえば、
一緒にごはんを食べたり、お酒を飲んだり、話をしたり、そういうことだけだったから。

もちろん、夏の土曜日のこと、別に誰のパーティーだろうと、
何か楽しいことがあれば普通に参加するでしょ、と言われればそれまでです。
でもそれほど、私にはありがたくて大きなことだったのです。

自分は、何かしないと、してあげないと、愛されないと思っていたんだなぁ。

そう思ったら、福岡にいる自分が主宰しているコミュニティのメンバーさんたちひとりひとり
のことが、思い出されました。

NYに発つ前、このコミュニティの活動に取材が入ることになったのですが、
旅の日程上、メンバーさんたちにお願いをして、すべてお任せしてきた経緯がありました。

「当日私はいないのですべてお任せになってしまうのですが、写真撮影に行ってもらえますか?」

直前のお願いだったこともあり、
朝食会によく来てくださるメンバーさんたちを中心にお願いをしたのですが、
みんな快く応じてくれたうえに、
「もちろん任せて!NYのお土産話また楽しみにしてます」
「みかちさんとステキ女子(コミュニティの名前)のためならどこでも行きます」
と言ってくれたメンバーさんたち。

「用事があって行けないけど、もし他にいなかったら言ってください。駆けつけます」
と言ってくれたメンバーさんもいました。

私には、もうこんなに大切な人たちがいるんだ。
その人たちとつながって、もうこんなにたくさんの愛をもらっていたんだ。

子どもの頃からずっと、人とのつきあい方が分からなくて、人と真剣に向き合うのがこわくて、
距離を縮めすぎて嫌われたくなくて、ずっとどこかで壁をつくって、
でも好かれたくてからまわりしてた自分。

そんな自分が、いったいいつのまにこんなに素敵な場所に押し出されていたんだろう。

何をしても、しなくてもいい。
私はこんな自分のままで、誰かとつながりたかったんだなぁ。

そう思ったら、涙が後から後から溢れて止まらなくなりました。
まるで私のなかの「つながりたい」という気持ちが、あぁ、ようやく認めてくれた、
やっとこっちを見てくれたんだねと、言っているかのようでした。

そして不思議なことに、もうこんなにつながっている、そう思うと、
今度は1人になるのがこわくなくなったように思います。
安心して、1人になれる。だって、私にはみんながいるもの。

JFK空港から成田に向かう飛行機が飛び立つとき、私は唐突に「書こう」と思いました。
いままで向き合うのがこわくて、1人になるのがこわくて、
真剣に書くということから逃げてきたけど・・・
「じゃあ一生書くな」と言われたら、私はきっと生きていられない。

自分の想いを、書く。
伝えたいことを、書く。

そう決めて、福岡に帰ってきました。

少しずつ。でも、前進。

みなさんにいい報告ができますように。
2012/05/18(金)15:20
先日アップしたブログに、たくさんの方から感想や反応をいただきました。

ありがとうございました。

とても個人的なことなだけに、
ああやって公開することに多少迷いはあったのですが(超長いし)、
やっぱりやってよかったなと思います。
自分の体験をシェアすることでまた誰かの気づきになれたらいいな、
という気持ちを、たくさんの方が受け止めて下さってとても嬉しかったです。

いや…「迷い」と書いたけど、正確にいうと「不安」かな。

自分の心のやわらかい部分や見られたくない情けない部分をさらして
無防備な状態になったとき、「○○○」たら?

この「○○○」たら、の部分はいま自分で書いていて気づいたのですが、
「批判されたら」とか「分かってもらえなかったら」とかではなく、
「スルーされたら」どうしよう、という不安が1番大きかったように思います。

誰かに批判されたとしても(そりゃ、平静ではいられないけど)、
また、自分の思うところを伝えればいい。

でも、色んなものを振り絞って発信したことが「スルー」されることが、
たぶんいちばん怖いんだなぁ。

それでも以前の自分と比べたらその恐怖も少なくなったから、
結局は記事をアップすることができたのでした。

なぜなら、「あ、不安になってるときって、世界を信頼してないんだな」と思ったから。

世界を信頼していないなんて言うと、また壮大に聞こえますが…。

それはつまり、自分自身を信頼していなかったり、周囲のひとを信頼していなかったり、
「すべては結局うまくいくようになっている」と思ったことすらまた疑っているということで。

それに気づいたら、「大丈夫、心を込めて書いたことがみんなに伝わらないわけない」
と、ブログの投稿ボタンを押すことができました。

そうして友人や仲間や、
以前お世話になった方からもわざわざご連絡をいただいたり、
そこからまたご縁をいただいたりすることが起こって、
先週末から今週にかけて、自分の周囲に何かこう、一気に風が吹いたみたい。

嬉しいことやありがたいこと。
誰かのあたたかさに触れたり、絆が深まったり。

そういうことって、少しだけ勇気を出して何かをしたあとに、
ご褒美としてやってくる気がしています。


2012/05/10(木)18:13
私はこれまで「女性のために」とか、
「同じように悩んでる女性にきっかけを与えられるようにしたい」という気持ちが強かった。
ここ2年半ほど続けている福岡ステキ女子委員会も、
そういうのがきっかけで始めたところがあるし。

でもここ半年―あるワークショップに参加したこと、
その後NYに行ったことなどを経て、少しずつそれに変化が現れた。

端的に言うとここ2~3年の私は、誰より私のなかの女性性を癒したい、
というのが行動のモチベーションになっていたのだ、ということに気づいたのだ。

2年前、あるひととのセッションの際に、
「私、物心ついたときから若くで結婚して嫁姑や父との関係で苦労してきた母を見て、
『女って損する』って思ってきたんです」と言ったことがある。

事実、私はとくに結婚なんて女性が損するばかりだと思っていたし、
自分でもよく分からなかったが、
子供の頃から途上国での児童買春問題や若年結婚のことがいつも気になっていた。

いま思えば小さい頃から「女性は損するんだ」と思ってきた観念が、
とくにそういったニュースをよくキャッチさせていたのだろうと思う。

そう、そのセッションの際、
相手のひとに「でも、本当は女性が損をするとか、そんなことはないよね。
思い込みというか」と言われて、確かにそうです、と言ったし、頭のなかでは分かっていた。
別に女性だから損するなんてこと、本当はないのだと。

でもやっぱりハートでは納得していなかったのだと思う。
その後も私はいつも「女性のために何かしたい」とか
「途上国の女の子のために何かしたい」とかずっと思っていた。

もちろん、その気持ち自体が悪いわけでは全然ないが、
じつは今振り返るとこれは自分のなかの被害者意識や、
自分のなかの女性性―自分は女性なのに―を癒せていなかったり、
完全に受け入れられていなかったからの気持ちだったのだと思う。

慈善団体やボランティアにまい進するひとたちのなかには、
自分のなかの満たされていない欲求を満たすために無意識に行動しているひとも多いと聞く。

行動それ自体を否定するものではないが、
それだといつまでたっても本当の課題―助けてあげるべき、
まず手を差し伸べるべき存在はじつは自分自身だった、
ということは発見されないままになってしまう。

私もおそらくそんな状態だったのだろう。

はじめにそれに気づくきっかけとなったのは、
あるワークショップに出たときにひとりの女性がダンスを披露してくれたのを見たことだった。

彼女はとても美しいひとで、でも自分に自信がないと言っていた。
ただ、趣味のダンスをしているときだけは、
自分もきれいになっていい、輝いてもいい場所なんだと思えたと。

そして彼女がそこでステップを踏んだ瞬間
―彼女のなかの女性性が一気に解放されたのを感じた。
だってその部屋の空気まで変わったから。

踊っている彼女は本当に美しくて、あぁ、これが本来の彼女の姿だったのだと思った。
私はそんな彼女のダンスを見て涙がとまらず、そうして唐突に思った。

「そうか、私はお母さんにきれいでいてほしかったんだ」。

女性として生まれたこと―、いや、女性として生まれついた自分自身という存在を、
喜びを持って表現していてほしかったんだ。
そして周囲にも祝福されて、輝いていてほしかったんだとそのとき気づいた。

そんな大きな気づきがあったワークショップだったのだけれど、
このときはまだ「じゃあやっぱり女性が輝くお手伝いがしたい」と思っていた。
それにはどうしたらいいのかと。

でもその後NYに滞在してその考えがまた少し変わった。

色んなバックグラウンドを持ったひとたちが集まる街にいたら、
男性だとか女性だとか、何人だとか、
そんなふうにひとを区切ってものごとを考えたり進めたりすることが、
ナンセンスな気がしてきたのだ。

だって、結局、みんな、「ひと」なんだもの。
そんなことでカテゴライズするのってすごく窮屈でつまらない気がしたのだ。

実際、帰国してからしばらくは、そんな気分だった。
いままでよりも、「女性」を、という気分も(以前に比べたら)抜けていた。

そんな風にして過ごしていた期間、また色んな出逢いがあって、
あるセミナーを受けた日の真夜中、突然目が覚めてひらめいたことがあった。

唐突に、でも私は今後これをテーマに生きようと思った。

“Be yourself like a flower.” 花のように、ただ自分自身であれ。

心理学系の本ではよく、私たちは何をするか、
つまり“Do”でひとを評価したり、また自分も評価されるものだと思っているけれど、
それは違って、“Be”、あなた自身であることがいちばん大事なのだと説く。

これまでは、ふーん、そんなものかとうわべだけで受け取っていた。

それが、はじめて腹落ちした。

花は、ただそこで咲いているだけで見るひとをしあわせする。
私たちだって、同じように、ただ自分自身としてそこに在るだけで、
誰かをしあわせにできる力があるのだと思ったのだ。

私は、自分が自分として
―もちろんそれは、女性として生まれた自分ということも含めて―
しあわせな毎日をかろやかに生きること、枠なんて本当はないんだと、
周囲で見ているひとが納得してしまうような人生を生きようと思った。

言葉で教えるとかじゃなく、そうやって生きる姿が、
周りのみんなの枠をはずすきっかけにだってなる。それが自分の役割なのだと。

そしてそうやって自分自身をかろやかに生きることは、
いまよりはるかに女性として制限されるものが多かったであろう時代に生まれた母や、
祖母や、それに連なるたくさんの祖母たちをも癒すことになるんだと、
とても静かに、でも強く思った。

こんな風に色んな体験をしてきて(ちょっとスピリチュアルに聞こえるであろう体験も含め)、
自分は―というより、本当はみんなが―Something great、
つまり人智の及ばない何か大きいもの、
宇宙に守られてるっていうのは本当だったんだなぁと感嘆した。

引き寄せの法則や、スピリチュアルな本には絶対そういうことが書いてあるし、
私も1度「ほんとだ、人生って本当はパーフェクトにいくようになっている」と感じたこともあったのだけど、
まだ全面的に、自分の全細胞で信頼していたわけではなかった。

でもこの春の何週間かで、いろんな出逢いや気づきを経て、それがはじめて本当にすっと落ちてきたのだ。

そして、また真夜中に眠れず、宇宙
―ひとによっては神さまと言うし、呼び名はとくには問題ではないと思う―に訊ねた。
いつも100%のサポートに感謝しています、
でも次にどうしたらいいか分からないんです、どうしたらいいですかと。

そうしたら「もうわかっているでしょう」と言われた気がした。
そう、じつはこの質問をした瞬間わかっていたのだ。
なぜならそのとき、料理のことがイメージに下りてきたから。

私ははっきり言って料理が好きじゃない。いや、「じゃなかった」。

自分でも屁理屈だと分かっていた。
でもどうしても好きになれなかったのだ。
とくに「パートナーのためにする」という料理が、本当に、ダメ。
抵抗感が本当に大きくて、こんなことでよくやってこれたなと、いまさらながらに思う。

薄々感じてはいたのだけれど、
私のなかで「パートナーのためにする料理」が、
「苦労して生きる女性の犠牲の象徴」みたいになってしまっていたように思う。

毎日毎日、朝も昼も晩もお弁当も、私たちのためにつくり続ける母。
別に母がそれを嫌だとか文句を言っていたとか、そういうわけではないのだけれど。
自分のなかの母に申し訳ないと思う気持ちと、大変そうな(と、そのときの私には見えた)
母の姿と…色んなものがそこに結びついてしまったのかもしれない。

屁理屈だ、何をおおげさにと、たぶんみんなは言うだろう。
やりたくないだけの単なる言い訳だと。

でも、私は自分のために料理することはあまり苦ではないのだ。
みんながワイワイ集まる場が好きな私は、ホームパーティーの準備だって好き。
でもこれが、とくにパートナーのため、となると、ダメ。
どうしても好きになれなかった。

私のなかの女性性を癒す最後のカギは、
パートナーのためにする料理だったのかもしれない。

なぜならそのイメージが下りてきてからは、
あまりそれが苦にならなくなって
(まぁだからと言って急に腕が上がるわけじゃないのだけれど)、
それと同時にすっと「女性のために何かしてあげたい」という強い気持ちもなくなった。

いや、気持ち自体がなくなったわけではない。
何というか…その中身が変わったのだ。
もっと自由で、かろやかになった。

そうしたら、「私がどうにかしてあげたい」と思っていた諸々のこと、
たとえば途上国の女の子たちのことも、私自身が現地に行って何をするとか、
そういう直接的なことじゃなくたって、

私が何よりもまず「自分自身であること(女性である自分も含めて)」で表現できるライフワークを生きて、
それがみんなに喜んでもらえたら、
それがじつは巡り巡って彼女たちも癒すことになるのだと、
至極当然のことのように思えたのだ。

振り返るとそういった内容のことを、
確かに以前あるひとの口から言われたことがあった。
「何かをしてあげたい、というその気持ちは、怖れからなの、それとも愛からなの?」と。

でもそのときの私には理解できなかった。
その段階じゃなかったのだろう。

けれどいまそんな目で周囲を見渡して思うことがある。

「女性のために何かしたい」「がんばる女性を応援したい」という女性は多い。
私のまわりにもたくさんいる。何より私だってそのひとりだし。

そして自分も主宰している身でこんなことを言うのもなんだけど、
いまは女子会がブームだ。女性だけで何かをする、という団体も多い。

それらを否定するわけではもちろんない。
だって私もずっとそう思ってきたし、いまだってその気持ちで続けている。

でも、その「女性のために何かしたい」という思いをたどっていくと、
本当はまだ自分のなかに癒されていない女性性や、
女性であることで傷ついた被害者意識や、
そんなものが自分のなかに横たわっているということも、
あるんじゃないだろうか。

たとえば私の場合の母のように、
助けてあげたかったひとが本当は他にいることもある。
そして、何より本当は自分が助けられたかったのだとういうことだってある。

「誰かのために何かしてあげたい」という気持ちを、
ぜんぶ否定するわけではもちろんない。

それが純粋に愛や思いやりからのものである場合だって、
もちろんあるから。

でも、注意深く突き詰めていくと、
自分のなかにまだ満たされていない、
癒されていないものが見つかるかもしれないということを、
心のどこかで覚えていてくれたらいいなと思う。

そして、いましたいと思うこと、どんどんしていったらいい。

なぜならそうやって活動を続けていったある日、
これまで気づかなかったことが突然腹に落ちて、
また次の扉が開くかもしれないから。


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Mika/みかち

Author:Mika/みかち
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