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Be yourself like a flower.
花のように、ただ自分自身であること。それだけで誰かをしあわせにする力が、私たちにはある。
「女性のために」という気持ちのなかに潜んでいたもの。
2012/05/10(木)18:13
私はこれまで「女性のために」とか、
「同じように悩んでる女性にきっかけを与えられるようにしたい」という気持ちが強かった。
ここ2年半ほど続けている福岡ステキ女子委員会も、
そういうのがきっかけで始めたところがあるし。
でもここ半年―あるワークショップに参加したこと、
その後NYに行ったことなどを経て、少しずつそれに変化が現れた。
端的に言うとここ2〜3年の私は、誰より私のなかの女性性を癒したい、
というのが行動のモチベーションになっていたのだ、ということに気づいたのだ。
2年前、あるひととのセッションの際に、
「私、物心ついたときから若くで結婚して嫁姑や父との関係で苦労してきた母を見て、
『女って損する』って思ってきたんです」と言ったことがある。
事実、私はとくに結婚なんて女性が損するばかりだと思っていたし、
自分でもよく分からなかったが、
子供の頃から途上国での児童買春問題や若年結婚のことがいつも気になっていた。
いま思えば小さい頃から「女性は損するんだ」と思ってきた観念が、
とくにそういったニュースをよくキャッチさせていたのだろうと思う。
そう、そのセッションの際、
相手のひとに「でも、本当は女性が損をするとか、そんなことはないよね。
思い込みというか」と言われて、確かにそうです、と言ったし、頭のなかでは分かっていた。
別に女性だから損するなんてこと、本当はないのだと。
でもやっぱりハートでは納得していなかったのだと思う。
その後も私はいつも「女性のために何かしたい」とか
「途上国の女の子のために何かしたい」とかずっと思っていた。
もちろん、その気持ち自体が悪いわけでは全然ないが、
じつは今振り返るとこれは自分のなかの被害者意識や、
自分のなかの女性性―自分は女性なのに―を癒せていなかったり、
完全に受け入れられていなかったからの気持ちだったのだと思う。
慈善団体やボランティアにまい進するひとたちのなかには、
自分のなかの満たされていない欲求を満たすために無意識に行動しているひとも多いと聞く。
行動それ自体を否定するものではないが、
それだといつまでたっても本当の課題―助けてあげるべき、
まず手を差し伸べるべき存在はじつは自分自身だった、
ということは発見されないままになってしまう。
私もおそらくそんな状態だったのだろう。
はじめにそれに気づくきっかけとなったのは、
あるワークショップに出たときにひとりの女性がダンスを披露してくれたのを見たことだった。
彼女はとても美しいひとで、でも自分に自信がないと言っていた。
ただ、趣味のダンスをしているときだけは、
自分もきれいになっていい、輝いてもいい場所なんだと思えたと。
そして彼女がそこでステップを踏んだ瞬間
―彼女のなかの女性性が一気に解放されたのを感じた。
だってその部屋の空気まで変わったから。
踊っている彼女は本当に美しくて、あぁ、これが本来の彼女の姿だったのだと思った。
私はそんな彼女のダンスを見て涙がとまらず、そうして唐突に思った。
「そうか、私はお母さんにきれいでいてほしかったんだ」。
女性として生まれたこと―、いや、女性として生まれついた自分自身という存在を、
喜びを持って表現していてほしかったんだ。
そして周囲にも祝福されて、輝いていてほしかったんだとそのとき気づいた。
そんな大きな気づきがあったワークショップだったのだけれど、
このときはまだ「じゃあやっぱり女性が輝くお手伝いがしたい」と思っていた。
それにはどうしたらいいのかと。
でもその後NYに滞在してその考えがまた少し変わった。
色んなバックグラウンドを持ったひとたちが集まる街にいたら、
男性だとか女性だとか、何人だとか、
そんなふうにひとを区切ってものごとを考えたり進めたりすることが、
ナンセンスな気がしてきたのだ。
だって、結局、みんな、「ひと」なんだもの。
そんなことでカテゴライズするのってすごく窮屈でつまらない気がしたのだ。
実際、帰国してからしばらくは、そんな気分だった。
いままでよりも、「女性」を、という気分も(以前に比べたら)抜けていた。
そんな風にして過ごしていた期間、また色んな出逢いがあって、
あるセミナーを受けた日の真夜中、突然目が覚めてひらめいたことがあった。
唐突に、でも私は今後これをテーマに生きようと思った。
“Be yourself like a flower.” 花のように、ただ自分自身であれ。
心理学系の本ではよく、私たちは何をするか、
つまり“Do”でひとを評価したり、また自分も評価されるものだと思っているけれど、
それは違って、“Be”、あなた自身であることがいちばん大事なのだと説く。
これまでは、ふーん、そんなものかとうわべだけで受け取っていた。
それが、はじめて腹落ちした。
花は、ただそこで咲いているだけで見るひとをしあわせする。
私たちだって、同じように、ただ自分自身としてそこに在るだけで、
誰かをしあわせにできる力があるのだと思ったのだ。
私は、自分が自分として
―もちろんそれは、女性として生まれた自分ということも含めて―
しあわせな毎日をかろやかに生きること、枠なんて本当はないんだと、
周囲で見ているひとが納得してしまうような人生を生きようと思った。
言葉で教えるとかじゃなく、そうやって生きる姿が、
周りのみんなの枠をはずすきっかけにだってなる。それが自分の役割なのだと。
そしてそうやって自分自身をかろやかに生きることは、
いまよりはるかに女性として制限されるものが多かったであろう時代に生まれた母や、
祖母や、それに連なるたくさんの祖母たちをも癒すことになるんだと、
とても静かに、でも強く思った。
こんな風に色んな体験をしてきて(ちょっとスピリチュアルに聞こえるであろう体験も含め)、
自分は―というより、本当はみんなが―Something great、
つまり人智の及ばない何か大きいもの、
宇宙に守られてるっていうのは本当だったんだなぁと感嘆した。
引き寄せの法則や、スピリチュアルな本には絶対そういうことが書いてあるし、
私も1度「ほんとだ、人生って本当はパーフェクトにいくようになっている」と感じたこともあったのだけど、
まだ全面的に、自分の全細胞で信頼していたわけではなかった。
でもこの春の何週間かで、いろんな出逢いや気づきを経て、それがはじめて本当にすっと落ちてきたのだ。
そして、また真夜中に眠れず、宇宙
―ひとによっては神さまと言うし、呼び名はとくには問題ではないと思う―に訊ねた。
いつも100%のサポートに感謝しています、
でも次にどうしたらいいか分からないんです、どうしたらいいですかと。
そうしたら「もうわかっているでしょう」と言われた気がした。
そう、じつはこの質問をした瞬間わかっていたのだ。
なぜならそのとき、料理のことがイメージに下りてきたから。
私ははっきり言って料理が好きじゃない。いや、「じゃなかった」。
自分でも屁理屈だと分かっていた。
でもどうしても好きになれなかったのだ。
とくに「パートナーのためにする」という料理が、本当に、ダメ。
抵抗感が本当に大きくて、こんなことでよくやってこれたなと、いまさらながらに思う。
薄々感じてはいたのだけれど、
私のなかで「パートナーのためにする料理」が、
「苦労して生きる女性の犠牲の象徴」みたいになってしまっていたように思う。
毎日毎日、朝も昼も晩もお弁当も、私たちのためにつくり続ける母。
別に母がそれを嫌だとか文句を言っていたとか、そういうわけではないのだけれど。
自分のなかの母に申し訳ないと思う気持ちと、大変そうな(と、そのときの私には見えた)
母の姿と…色んなものがそこに結びついてしまったのかもしれない。
屁理屈だ、何をおおげさにと、たぶんみんなは言うだろう。
やりたくないだけの単なる言い訳だと。
でも、私は自分のために料理することはあまり苦ではないのだ。
みんながワイワイ集まる場が好きな私は、ホームパーティーの準備だって好き。
でもこれが、とくにパートナーのため、となると、ダメ。
どうしても好きになれなかった。
私のなかの女性性を癒す最後のカギは、
パートナーのためにする料理だったのかもしれない。
なぜならそのイメージが下りてきてからは、
あまりそれが苦にならなくなって
(まぁだからと言って急に腕が上がるわけじゃないのだけれど)、
それと同時にすっと「女性のために何かしてあげたい」という強い気持ちもなくなった。
いや、気持ち自体がなくなったわけではない。
何というか…その中身が変わったのだ。
もっと自由で、かろやかになった。
そうしたら、「私がどうにかしてあげたい」と思っていた諸々のこと、
たとえば途上国の女の子たちのことも、私自身が現地に行って何をするとか、
そういう直接的なことじゃなくたって、
私が何よりもまず「自分自身であること(女性である自分も含めて)」で表現できるライフワークを生きて、
それがみんなに喜んでもらえたら、
それがじつは巡り巡って彼女たちも癒すことになるのだと、
至極当然のことのように思えたのだ。
振り返るとそういった内容のことを、
確かに以前あるひとの口から言われたことがあった。
「何かをしてあげたい、というその気持ちは、怖れからなの、それとも愛からなの?」と。
でもそのときの私には理解できなかった。
その段階じゃなかったのだろう。
けれどいまそんな目で周囲を見渡して思うことがある。
「女性のために何かしたい」「がんばる女性を応援したい」という女性は多い。
私のまわりにもたくさんいる。何より私だってそのひとりだし。
そして自分も主宰している身でこんなことを言うのもなんだけど、
いまは女子会がブームだ。女性だけで何かをする、という団体も多い。
それらを否定するわけではもちろんない。
だって私もずっとそう思ってきたし、いまだってその気持ちで続けている。
でも、その「女性のために何かしたい」という思いをたどっていくと、
本当はまだ自分のなかに癒されていない女性性や、
女性であることで傷ついた被害者意識や、
そんなものが自分のなかに横たわっているということも、
あるんじゃないだろうか。
たとえば私の場合の母のように、
助けてあげたかったひとが本当は他にいることもある。
そして、何より本当は自分が助けられたかったのだとういうことだってある。
「誰かのために何かしてあげたい」という気持ちを、
ぜんぶ否定するわけではもちろんない。
それが純粋に愛や思いやりからのものである場合だって、
もちろんあるから。
でも、注意深く突き詰めていくと、
自分のなかにまだ満たされていない、
癒されていないものが見つかるかもしれないということを、
心のどこかで覚えていてくれたらいいなと思う。
そして、いましたいと思うこと、どんどんしていったらいい。
なぜならそうやって活動を続けていったある日、
これまで気づかなかったことが突然腹に落ちて、
また次の扉が開くかもしれないから。
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Be yourself like a flower.
2012/05/06(日)12:01
ここ最近、ずっと今後自分がしていくことについて思考錯誤していました。
大丈夫大丈夫、と思った次の瞬間に不安で胸がす〜っとなったり、
かと思えば無気力になったり、理由のわからないさみしさでのたうちまわったり(笑)。
そんななかでもいろんな方や本、考え方との出逢いもあり、
これを書いている時点でとてもすっきりした気持ちです。
いまから添付する文章は、
あるセミナーを受けたその夜、むっくり起き上がってメモしたことが元になっています。
その夜は、これまでのいろんなこと―自分の経験や想いや、小さかった頃の思い出まで―
が自分のなかでゆるやかにつながって、
「あぁ、こういうことだったのかなぁ」と不思議に泣きたい気持ちになりました。
Be yourself like a flower.
「ただ、自分自身であること」。
私は今後、これを自分のテーマにしていきます。
花のように、ただ、自分らしくあること。
それだけで誰かをしあわせにできる力が、本来私たちにはあるのだと思います。
話すことが得意な花がいてもいい。
リーダーシップが上手にとれる花がいても、教えることが大好きな花がいたっていい。
けれど、花の存在価値がただその花であるだけで既に満たされているように、
私たちも私たちでいることこそが最大で最高の存在価値なのだと思うのです。
だからいつでも、自分自身であろう。
そのありかた自体が、誰かをハッピーにするのだと信頼して。
ただそこに咲いているだけで人をしあわせにする、花のように。
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鏡のおまじないについて
2012/04/11(水)21:27
結構いろんな人に言ってるんだけど、私は毎朝おまじないをしています。
もともとはおまじないという気でやっていたわけじゃないのですが…
どうやらこれはおまじない的なものに分類されるのかもと思いだしました。
毎朝見る、洗面所の鏡に、こうなりたいとかこう言われたいとかの言葉を書きます。
ちなみに私の場合は「今日も超きれいだね」って書いてます。
(うぅ、はずかしい…でもほんとだからね)
もとはといえば、ある人の本のなかに彼女の使ってる鏡の写真があって、
そこにダンナさんから「You're the Best!!」ってメッセージが書いてあったのを見て、
えーいいなー私も書いてほしいーと思ったのがはじまり。
でもそんなこと書いてくれる夫じゃないので自分で書いた、というだけの話なんですが…。
その後、毎朝その鏡を見ながら「今日もちょーきれー!!」って言って背伸びするようになりました。
で、ほんとにそれ以降、ありがたーいことに外見、褒められるようになりました。
先日のステキ女子の朝食会でもこの話をしていて、
「みんなもやってみてー!」って言ったら「で、何で書くんですか?」って言われて、
「あ、鏡とかガラスに書けるペンが売ってるんですよ」って言ったら、
「なんだ、そういうのが売ってるんですね!私てっきり口紅で書くのかと思った!!」
って言われて絶句!
いやいやいや、それ昭和的というかトレンディドラマ的というか、松任谷由美というか!!
でもよくよく聞けば、そこにいたひとみんなが「鏡に何か書く」→「要・口紅」と思ったらしい。
使わない口紅探さなきゃ、って思ったらしい(笑)。
そうかー、それでみんな微妙な反応だったのか!
今度からこの話をするときには「それ用のペンで!」って付け足そう、そうしよう。。
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考えないキャンペーン
2012/04/03(火)13:59
先日、久々に大学の友人と3人で朝カフェをしたときのこと。
ひとりが、「私しばらくイエスキャンペーンしてたんだけど」という話に。
なんだそれだんだそれ、とよくよく聞いてみると、
とりあえずやってみる、頼まれごともチャレンジしてみる、
という彼女のなかでのキャンペーンだったらしい。
2〜3年それを続けてたら社内での立ち位置も決まってきたらしく、
「それはそれですっごくよかったんだけど、たまに後悔することもあるのー
『なんであんときハイって言っちゃったんだろう』って」とのこと。
「じゃあ今度は何でもNOって言ってみるノーキャンペーンにしたらいいじゃん」
という話になってあーでもないこーでもないと盛り上がったのですが、
残りふたり(わたし+もうひとりの友人)もじゃあ何かキャンペーンしようぜ、
ということになり。
私は「考えないキャンペーン」をすることにしました…。
ともすれば頭でっかちになって何かすることに憶病になったり、
腰が重くなってしまうので、
あんまり考えないでとりあえず動いてみる、ということで。
そういえば過去いろいろスムーズにいってたときって、
「まずは動いてみる」のステキ女子スパイラル
(注:主宰してるステキ女子委員会のモットーでもあります)
をちゃんと意識してたときだな。
というわけで、最近はあまり考えないキャンペーン。
めんどくさいと思う前に、動く。
でも…と思う前に、動いちゃう。
さて、これでどんなことが起きていくか。
楽しみ!
ちなみにもうひとりの友人は「ポジティブキャンペーン」らしい。
これもいいね。
ひとりキャンペーンの結果は、
またみんなで会ったときに。
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さくらさくら
2012/04/02(月)23:07
夜桜見物に行って思ったこと。
桜は桜をまっとうしてるからきれいなんだなぁ。
バラとかタンポポとかに、なろうとしてないもんね。
と、横で夫が言う。
「きれいになろうとして咲いてるわけじゃないしね」
確かに。。
自分をまっとうしていれば、
その姿は自然とうつくしいのかもしれないね。
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